“我が家の自家栽培のゴーヤ。…のはずが放置しといたらすっかりミイラ化。嗚呼、毎日暑いよね。ナム〜。”
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しっかり薬は飲んだはずなのに何故か眠れない時が稀にある。その時のおはなし(つい最近)。
眠れずにいる事に気付くのが多少遅く気付いた夜。何時かまでは調べる気はなく布団の中で冴えてしまった思考をなんとかするべく努力するが、努力する事により余計冴えてしまうことは目に見えているのでつまらないことをグルグル考えればその内眠れる様になるんじゃないかという可能性を信じ、そして目を閉じ、そして考えを自分に委ねた。
そして始まった「眠る為の生討論 -自分vs自分-」全3部作。
第一部は、ある時の友人との会話をふと思い出したのでそれにまだ心から納得出来ずにいていつか機会があったら言ってみたいと思っていた事をヴァーチャル友人を相手にシュミレーション(あまり詳しい事は書けないので自分の言いたいことを1つだけ)。
*あまりに絶対的な言い方をする友人に対して。
「うーん…その全ての可能性を否定する様な言い方はどうかと思う。物事に絶対なんてないんだから」
第2部はちとパス。長くなるので。
第3部はもう遂にきてしまったかというテーマって感じ。
テーマ:「何故戦争は起こるのか」
私の意見:「ただでさえ2,3人いるだけでも口喧嘩がが起こるのなら何億人もいたらそりゃ戦争が起こるのはある意味ごくごく自然なこと。十人十色の人間がいてヒトラーの様な輩もいるこの世の中なのだから。もちろん武器を使わず、血も涙も流れることなく話が進むのならそれに越した事はないだろうけど、今までの歴史を振り返ったって哀しみや憎しみは今でも残れども戦争があったから進んできたところもあるから”戦争を絶対に反対”とは言い切れない。「絶対的になくす」というのは恐らく無理だと思う。極論、人間がいる限り戦争はなくならない。人間が存在する限りは…」
全三部作・いつの間にか完(討論時間:1~2時間くらい?←たぶん)
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翌朝、母にこのことを話したら笑われました。こういう私が面白いらしい。なにやってんだかって感じだ。でも私って奴はホント、眠らない限り何かをずっとループで考え続けてしまうので(だからしょっちゅう死にたくなるのかな)自分的には結構切実な問題なんですけどね、これ。まあでも深刻に受け取られるよりは笑ってもらった方が安心だけどさー。
それと「ぼーっとしていてもぼーっとした記憶が無かったらぼーっとしたことにならない」ってことはよく世間の人が「眠った気がしない」というのと同じ様なものじゃないかとも指摘されました。
あ、あと規模が違うけど「いじめをなくそう!」なんてスローガンは響きがどうも軽過ぎに聞こえて私には問題以上に重く感じることが出来ない。
「いじめをなくす」ということイコール「いじめを根絶する」というのと同じ意味だとしたら、「いじめ」も人間がいる以上はなくならないと思います。でもなくそうとする努力で減らす事は出来ると思うけど。ってこんなことくらい前から誰かが言ってるよね。
まああくまで戦争についてもいじめについても個人的意見ですので…ね。ね?
以上、戯言でした。